立川談志

わたしは落語が好きだ。

20年近く前に、ある牧師にそのことを話したら、下世話と思われてしまった。あたっている。

同じ頃、芸の道につうじたある牧師に「談志より小三が好きだ」と言ったら、単純な人ですねという反応だった。あたっている。

 

実は、若いときに一番理解しにくい落語家が立川談志だった。耳が受け付けなかった。理解不可能だったのだろう。「ちゃんと落語らしい落語をしてほしい」というのがその時の思いだった。

談志さんほど落語に徹底して取り組んでいる噺家はいない、それほどの人なのに。

 

ちなみに理解しにくい二番目は三平さんだった。理由は書かない。

 

今は、もちろん、違う印象を持つようになった。談志さんも歳をとり円熟し、わたしも人生経験を積んだからだろうか。

しかし、違和感は少し残っている。うまい言葉が出てこないが、プライドの置き場所が、ということだと思う。

 

談志さん、お疲れさまでした。

広告

教会創立128年記念礼拝

11月の第三日曜日を教会創立記念主日と定めている。

1883年11月のそのころに、カナダ・メソジスト教会からの宣教師がこの地に伝道よ教育の働きを始め、その最初の礼拝がささげられた。司式者はマクドナルド宣教師。この方は牧師であり医師であられた。

今年の記念主日礼拝は11月20日(日)で「十字架と復活の証人」と題する説教をさせていただいた。

今日は快晴・・・教会はバザー

バザーが11月としてはぽかぽか陽気のもとで行われました。

いろいろな方々が協力してくださいました。教会員のご家族や知人、教会学校の子どもたちとご父兄、有り難うございました。教会員の皆さんもお疲れ様でした。

良い天気だったせいか多くの方々が足を運んでくださいました。手芸品(これが今年も上出来、よいものばかりでした)、手作りケーキ(今年も売り切れで食べそこねました)、雑貨(来場者のお目当てで、多くの方が並んでくださった)、子どもコーナー(わいわいわきわき)、青年会焼きそば(熱い鉄板でやく焼きそば最高)、焼き芋(ご婦人たちに大人気)に綿菓子(子どもの友)、そして食堂(おいしかったと食べた人からの伝言)。楽しかったですね。

 

福音主義教会連合総会で

2年に一度の総会が銀座教会を会場に行われた。日本基督教団は、かつてと比較すると、「伝道する教団の形成」へと大きく前進している。

しかし、合同教会である教団の有り様、宣教論などで、大きく二分されているのも事実であり、また、高齢化が進んでおり、伝道も大きな壁の前に立たされている。取り組むべき課題が多く、難問山積というのが実情である。

どのように道を切り開いていくか、その道筋を模索中である。主の導きを祈り求めなければならない。

福音主義教会連合はオピニオン・リーダーとしての使命を、よりよく、今後も果たしていかなければならない。私は副議長に選出されてしまった。若い指導者たちが育ってきているので世代交代のバトンタッチの役目を負えということだと理解している。

中途半端になってしまった

5日(土)の午後、東洋英和女学院の同窓会(東光会)のある会合で、日本基督教団の東日本大震災の復興・支援活動についてお話をさせていただいた。

プロジェクターを使ってお話を始めたが、時間配分を誤り、予定の半分しかお話をすることができなかった。中途半端になってしまい、申し訳けないことをした。

 

お話できなかった残りの半分は、

日本基督教団の復興・支援計画、現在の状況。そして、障がいをかかえた方々の現状と教会の役割。その2点である。

前者については教団のホームページで知ることができる。後者についての要点は、障がいをかかえた方々の身の置き所について配慮が必要であるということと、教会の日常を取り戻すことが大事だと思っているということである。

召天者記念礼拝

11月6日(日)は召天者記念礼拝として主日礼拝が守られた。

「天に宝を積むように」という説教をさせていただいた。聖書箇所はルカ福音書18章。

一般には「天に宝を積む」とは、この世で施しなどの善い業を行うと、それは天国の倉庫に宝を積むことになり、それによって神さまに喜んでいただき、天国に自分の場所を確保することができる、と解されているようだ。

しかし、聖書をよく読んでみると、神さまにより頼み、主イエス・キリストの恵みをドーンと受け止めさせていただくことが天に宝を積むことになる、そう教えられていることが分かる。

しかし、それは、決して易しいことではない。