ドイツから帰ってくる人もれば、いく人も

留学から帰ってくるU氏、Nさん、お帰りなさい。これから行くAさん、元気で頑張ってください。若い人はいいなあ。いろいろトライできて。私の若い頃とはずいぶん違う。経済も許されなかったし。1ドル365円だったし。それだけではないが・・・・・

若い人はどしどし海外に行って欲しい。グローバル化の時代によく対応してもらいたい。そうしたら日本人も変わるかもしれない。

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Bugzilla

うん、まだよく分かりません。

ウェブベースのバグ管理システムとのこと。問題点一つに対して、一つのバグを発行し、それについて議論しあう仕組みを持っているらしい。また、バグをカテゴリー別、ステータス別、登録者別に検索する機能も持っているようだ。それで、このシステムを使って、共同で論文を書き上げていくことができる、と聞いた。興味津々なのだが、扉のたたき方が分からない。

捕まえて、無理に

キレネ人シモンは、無理に主イエスの十字架を担がされたとマタイ福音書に書かれています。

このシモンの姿は「自分の十字架を背負って」と主イエスが言われた弟子の姿を表しているのではないだろうか。自分の十字架とは、彼の(キリストの)十字架とも解釈可能だから・・・・・その時、シモンだって自分自身の重荷を背負っていたことだろう。そのシモンにキリストの十字架が重ねられた。そして、ゴルゴダで主イエスはシモンの重荷と共にご自分の十字架を引き取られた。

「無理に」とはシモンが自覚するよりももっと深く、徹底的にということであろう。ルカ福音書は、この時、人々がシモンを「捕まえて」と記しています。「捕まえて」とは、しっかり握って離さずに、主イエスのところに連れて来て、それこそ、無理矢理に十字架を担がせたということを意味しているようです。

「捕まえて」と訳されている言葉ですが、新約聖書にそれほど多くは用いられていませんが、主イエスの御手の働きをを伝えるときに、何度か登場します。たとえば、ベッサイダに行かれたとき、人々がひとりの目の見えない人を主イエスのところに連れて来ました。その時、主イエスは、その盲人の手をとって、村の外に連れ出し、両方の目につばをつけて、両手をつけて、お癒しになりました。主イエスが盲人の手をとって、連れだした、それがこの「捕まえて」と訳されている同じ言葉が用いられています。この目が開かれた人は、エルサレムへ、十字架へと向かう主イエスについていき、証人となりました。主イエスは、その人を捕らえておられたのです。

また、弟子たちが誰が一番偉いかと言って、言い争ったことがありました。主イエスは小さな子どもを取り上げて、「誰でも幼子を私の名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」と仰せになりました。幼子を取り上げ、その取り上げて、という言葉が「捕まえて」と同じ言葉です。小さな弱い幼子は、主の御手の中にありました。

ガリラヤ湖でのことです。夜、主イエスは海を歩いて弟子たちの乗っている舟に近づいて行きました。気づいた弟子ペトロが「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください。」と言いました。主イエスは「おいでなさい」とペトロをお招きになったので、ペトロは舟からおりて、水の上を歩きはじめました。しかし、風を見て恐ろしくなり、おぼれかけてしまい、、「主よ、お助けください」と叫ぶのでした。主イエスは手を伸ばし、ペトロを捕まえて言われました。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」 弱さに沈むペトロに主イエスは手を伸ばして、しっかりと捕まえられたでした。

キレネ人シモンは人々に捕まえられて、主の十字架を無理に運ぶことになりましたが、そのシモンも、主イエスに捕らえられたのです。

「捕らえられ」「無理に」とは意味深長な言葉です。

東横線渋谷駅の地下化と80歳のご老人

東横線と東京メトロ副都心線がつながり、東横線渋谷駅は地下深くに移動した。80歳のご老人がつぶやいた。「もう渋谷の街に行くことはないでしょう。地下から地上に上がるのは大変ですから」。はたして50代、60代の爺さんたちはどうだろう。

のんべい横丁にも変化が訪れるのか・・・・・

iPadとsurface

かたやアップルを代表するタブレット、かたやマイクロソフト。

ガチンコ対決が始まった。もちろん、現段階ではiPadのシェアーが圧倒している。surfaceは今のところ日本ではRTだけの発売であるし、苦戦が予想されているようだ。

iPadの良さは、洗練された使い勝手の良さと、アプリの豊富なこと。そして、持ち易さだろう。どこでも、どんな体制でも楽しめる。SIMが差し込める機種であれば、単体でネット環境に繋がる。surfaceはタブレットとしての基本性能に加え、機能が制限されるがofficeが使えるというノートパソコンの機能が付加されているのが特徴。非常に薄く軽量のキーボードを液晶coverを兼ねて装備されており、デスク上での作業はiPadを凌駕する。

どちらも良い製品で、一長一短がある。仕事で外出となるとsurfaceを選ぶが、文章を打ち込む作業のない外出ではiPadということになりそうだ。家の中では机の上にはsurface、その他の場所ではiPad。ちなみに、ノートパソコンが不要になりつつある。

牧師にはsurfaceがおすすめだ。これ一台で、必要な作業は全部こなせる、と思う。ワープロソフト一太郎を常用していないならば・・・・・

宣教委員会

今週の月・火と日本基督教団宣教委員会の今総会期第一回委員会が開かれた。前総会期に引き続き、責任を果たさねばならなくなった。ただし、一総会期6回行ってきた委員会を5回にさせていただいた。

宣教方策に関すること、グローバル化に伴う社会の変化と宣教体制の検討、キリスト教社会事業やキリスト教学校と教会の宣教協力、伝道者の協働とパストラルケアーなどが今総会期の課題となる。もちろん、東日本大震災復興と教会の再建が課題となることは言うまでもない。

委員会構成は、宣教委員7名、常設専門委員会委員長3名、自主活動団体責任者3名である。沖縄、青森、能登から委員会に集う方々がおられる。